弊社は僕で3代目となります。



少し、弊社が生まれた時代を書きますと。。。

初代の祖父は旧東加茂郡旭村(現豊田市旭町)にて石工をしており、山々に囲まれて墓石を作って生計を立てていたらしいです。

もちろん時代が時代ですので、機械等に頼ることも無くかなりの肉体労働者だったと思われます。

昭和40年代初頭、矢作ダムが造られるということで、現豊田市四郷町に家族で引越しをして店を構えました。

その頃に祖父が建てた墓石を時間を飛び越えて3代目の僕が傾きを直したり、クリーニングをしたりしていると、そのお墓に入っている方は僕は知らない方なのですが、お骨を見ると、どことなく親しみが湧いてきたりします(笑)

もちろん、弊社だけではありません。

お客様も同じように時が流れており、最初にお墓を建てられたお客様の息子さんやお孫さんが施主様となって弊社に仕事を依頼してくださいます。

そのような、弊社の歴史の中で携わりを持たせて頂けたお施主様はもちろんですが、これから携わらせていただける
お客様 お一人お一人を大切にさせていただきたいと改めて思わせていただいております!

お客様には『山口石材店』でお墓を作ってよかったっていう安心感を持ってもらえるように努めて参ります!


今の世の中は、人がお亡くなりになった際は火葬でご遺体を焼いてお骨にしますが、ちょっと前までは土に埋めてご遺体を埋葬する
『土葬』が通常のやり方でした。

今は土葬はできませんが、少し前は田舎の方では土葬でも火葬でもどちらでも良いという地域がありました。その地域でお墓を造らせて頂いたことを書いてみます。



お墓を作る場所は、山の法面で段々となっており、間知石を積み上げ場所を作り、墓石1基と墓誌を建立させていただきました。

お施主様の奥様が約14年前にお亡くなりになっており、その際『土葬』で埋葬をされたそうです。

施主様の希望でお骨を掘り出して新しい墓石に収めたいとのご要望でした。

僕らがいつもさせて頂いている土葬のお骨掘りは、約50年以上経過している方のお骨を掘ったりしているのですが、さすがに14年という方のお骨は掘ったことが無く、正直ちゃんとお骨になっているのか私たちだけでなく、施主様ご家族も心配でした。

ビクビクしながらお骨を掘りましたが、綺麗(?)なお骨がきちんと出てきました!

衣服はちゃんと残っていましたが、しっかりとお骨になっており一安心でした。

掘り出した骨を火葬場にて焼いてもらい、新しいお墓に埋葬させていただくことができ、施主様に大変喜んでいただけました。

この施主様のお仕事が土葬に関しての僕が印象的だった出来事の一つになりました!



リフォーム前の墓石及び外柵の状態。外柵というよりも延石で囲ってあるだけ…。
墓石の花も各墓石の前に1対ずつ置いてあるので、お施主様が準備される花は膨大の数となります。





後方から前方にかけて、勾配(傾斜)があり高さ調節をする為に今まで使用していた延石を加工して高さ調節をさせていただきました。

古い墓石もコケ落としの薬剤を使わせて頂き洗浄させて頂きましたので、かなり綺麗な状態で据付をさせていただけました。


基礎工事状況です!
草取りを実施後、床堀り、RCを敷き詰め打設。その後鉄筋を設置しコンクリート打ちで基礎工事完了です!



外柵据付状況です。







記念碑っていつ作るの?どんな時に作るの?
よくある事例をここに並べてみます。

会社・企業様

企業のお客様で多い事例は記念碑です。
創立記念や周年記念を祝い、記憶に残るものとして記念碑を建立していただくことが多いです。
また、歴史の長い企業様においては沿革史などを作ることもあります。

例:
創立記念・竣工記念・周年記念・沿革史・定礎板 など

学校・公共事業

学校や公共事業の記念にも記念碑はよく使われます。
村や町の記念にも、学校の卒業記念にも使うことができます。
植樹した傍にいつ何の時にということがわかるように小さな記念碑を置くこともあります。


竣工記念碑・村、町、市の記念・周年記念・閉校記念・樹木を引き立てる植樹記念碑

その他にも記念碑はあなたの記憶を大切に保存する役割をします。

記念碑は大切な思い出を、色鮮やかに思い出させる1つのツールです。
また、その頃を知らない若い人たちや新しい人たちにとっても歴史を知る上でのツールとなります。
記録として残して記憶をたどる記念碑はいつの時代も重宝されてきました。


イベントの記念・クラブ、団体の記念・跡地として・災害記念碑・顕彰碑・文学碑(歌碑・詩碑 他) など