石が運んでいたのは、時間だけではありませんでした。

アイコン画像 山口 博士

先日、お客様から
過去に神社に奉納した一対の灯籠を撤去してほしい
というご依頼をいただきました。

理由は、とても現実的なものでした。

近年、大きな地震が各地で発生しています。
神社や寺の石碑、墓石、灯籠が倒れるニュースを見るたびに、
「もし倒れて誰かに迷惑をかけたら…。
       その責任を孫たちに残したくない。」

そう考えられたそうです。

石材店としては、灯籠の撤去そのものは決して難しい仕事ではありません。

しかし、
お立ち会いの際にお客様から伺ったお話が、僕の心に深く残りました。

その灯籠は、
お客様のお父様が若い頃、戦地へ赴く前に神社へ奉納したものだったそうです。

当時、お父様はその家の一人息子。

「どうか無事に帰ってこられますように。」

そんなご家族の切実な祈りを込めて建てられた灯籠でした。

灯籠には、その物語は刻まれていません。

石に刻まれているのは名前や年月だけかもしれません。
でも、
その石を建てた理由や、
その時代を生きた人々の願いは、
確かにその石とともに受け継がれてきたのです。


だから私は、そのお話を聞いた時、少し切ない気持ちになりました。

もちろん、お客様の判断は間違っていません。
今の時代だからこそ、安全を優先することはとても大切なことです。

それでも、
その灯籠が長い年月の間、家族の歴史や戦争という時代、
人々の祈りを静かに見守り続けてきたと思うと、
石は単なる「物」ではないのだと改めて感じました。


以前、「石は時間を運ぶ媒体なのかもしれない」とブログで書きました。

でも今回、その考えは少し変わりました。

石が運んでいるのは、時間だけではありません。

その時代を生きた人の願い、家族を想う気持ち、
そして言葉には残らなかった物語も、
一緒に運んでくれているのだと思います。

だから僕は、石を見ると、
その向こう側にある「物語」を想像したくなります。

それが、
石という存在に感じる、何とも言えないロマンなのです。


関連記事

この記事のハッシュタグに関連する記事が見つかりませんでした。

最新記事

カテゴリー

アーカイブ

2026

8

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31